まず最初にこのホームページを作るに当たり、ストレリチア及び南アフリカの植物研究家の鈴木勇太郎氏には数多くの写真を快く譲って頂き、また、色々技術的なご指導頂いたおかげで、私が当初思い描いていたようなものが出来たと思います。ここで改めてお礼を申し上げます。
私は小さい頃から植物に興味があり、近くの山で何か花が咲いていると「ああ良いなー、自分の家でも咲かないかな」と思い、採ってきては庭に植えたり鉢に植えて育てることが植物栽培の始まりでした。
山菜採りや畑の行き帰り等で取って来ては植えていました。
その後小学校で菊の栽培を全校生徒で行う行事があり、無意識の内に植物と接する機会が多くなりました。
まだこの頃はそれほど植物が好きということではなく、先生に言われたとうりやっているだけで「これで良いのかな?」と思っていただけだったと・・・。
きっかけははっきり覚えていませんが、園芸の本を買って熱帯植物のことを知ったり、植物園で実際に見てから引き込まれていったのだと記憶している。
実物を見たり理屈で育て方が解ると、次はそれを試してみたくなり、花屋で売れ残ってものを安く手に入れたり、又は通信販売で種や苗を買い、育てることが本格的に植物を始めるきっかけだったと。
当初は植物なら何でも興味があり色々なものをやっていた。観葉植物中心に、洋蘭、チューリップや百合等の球根植物、一年草、多年草、食虫植物、水生植物、野草、花木、果樹、竹、盆栽も経験がある。
最初は、枯らすことが多かったですが、とりあえず本に書いてある通りにやれば大体上手くいくことも解ってきた。(当然ですけどね)
その後、一年の中で出回る植物は大体経験して、ある程度植物を上手く育てられる様になると、それと同じ仲間の植物は、実際に育てなくても見ただけで「多分こうなるだろうな」と悟ることが出来る様になってきた。
そして、実際に育ててみてそれがどの程度の植物かとか、面倒を見てやるとどうなるかとか、この先どうなるかを悟ると、あまり興味が無くなり面倒を見なくなり枯らしてしまうの。
すると又他の植物をやりたくなり、挑戦するのです。以降この繰り返し。
まだその当時はある程度分かってきたつもりでも、よくありがちな何か一つの肥料又は土壌改良材等をやれば植物は上手く育つと言った考えがあり、それにはまった時期があった。それはある所の醗酵鶏糞を手に入れてからです。
その袋に野菜や果樹だけでなくて花やその他の植物にも使えると書いてあったので、早速手持ちの植物何でもやるようになって、実際に今までより良くできるようになり、有頂天になっていた。特に庭のチューリップや百合の植え付け時に自家製腐葉土と醗酵鶏糞を大量に投入して植え付けていました。それで毎年同じ場所に植え付けても連作障害が出ずに良く出来ていたので尚更です。その後しばらくは鶏糞をやれば植物は良くできるという考えに取り憑かれていた。
転機が訪れたのは洋蘭のデンドロビュームを手掛けた時です。あれは春先の新芽が膨らんできた頃から生育初期に少量肥料をやれば、後は水だけで良いのですが、最初はそのと通りにしてるのですが、それで良く出来るので徐々に欲が出て多めにやってしまって高芽が出たり、根腐りさせたりして高価な株を失い、少し目が覚めたような気がした。
私が子供の頃から、母は生け花をやっていて、年中その季節のいろいろな花を生けていたのですが、その中で秋になるとおもしろい形の花を活けていたので「この花何?」と聞くと「ストレリチア」と、「世の中にはおもしろい花があるんだ・・・」と思っていた。
もうその頃には熱帯植物は寒さに弱いとか、高温多湿が必要等と分かっていたので、ストレリチアも「家では育たないだろうな」と・・・。(私のところは寒冷地ですから)それは私が小学生の高学年の頃です。この時はまだ育てようとは思っていなかった。
月日は巡って、ある種苗会社のカタログにストレリチアの小苗を見つけ早速注文し、育て始めた。
到着した時に根を水苔で巻いてあり、何も分からなかったのでそのまま鉢に植えたのですが、中々育たない。春に買って秋までに葉が一枚しか出なかったので「やはり家では無理かな・・・」と。結局その株は冬に枯らしてしまって。
また月日は巡って、知人が八丈島へ行く予定があると知り、予備知識があったのでストレリチアを売っていたら買ってきてもらうように頼んだ。
今回は大きな株だったので期待して植えましたが・・・それもいつまで経っても成長しない。肥料をやっても置き場所を変えても水をやっても・・・。結局その株も枯らしてしまった。それは私が高校生の頃。
又しばらくして、通信販売で大株のストレリチアを見つけ購入しました。今度は上手くいき、4年位掛かって最初の花を見ることが出来た。その間にいろいろと管理について勉強することが出来た。今考えればこの株は典型的な在来種でしたけどね。
一時多くの種類の植物をやっていたのですが、元々飽きっぽい性格だったので、あまり植物の面倒を見なくなり後で残った植物はストレリチアと君子蘭、シクラメン等です。自分自身に合う植物が絞れてきた様に思っていた。それは私が二十歳の頃。シクラメンは特別好きということは無く、気候的に自宅と合っていて、母が購入してくると後の面倒は私が見るのですが、5年位は楽しめて球根も大きくなって一株で100以上の花を付けるので思わず面倒を見てしまったといった感じ。もちろん肥料は醗酵鶏糞というのは言うまでもありません。
いつ頃からか、今住んでいる寒冷地であってもうまく育てられる熱帯植物はないかと考えていた。これは例えば寒いところのメロンやスイカ、他の野菜は甘くて美味しいと言う話を良く聞きます。これは昼間は気温が上がって光合成が盛んになりでんぷんが合成され、夜間は気温が下がり呼吸によるでんぷんの消費が少ないためと言われている。
このような事例と同じように、涼しい気温の条件を逆手にとってうまく出来そうな植物を探していた。
どの程度の条件なら無理無く栽培出来るかどうかの線引きは、「最低気温が、0℃以上で問題無く冬を越す。」と。これは私のところよりもっと標高が高い、例えば1000㍍位のところで、洋蘭やシクラメンを栽培している人が実際にいたから、私のところは760㍍位なので「その位ならいいのでは」と考えていた。
実際に栽培してみて、ストレリチアは寒さに強いと言うより強かったですね。考えていた以上に。私のところは寒冷地で真冬には-10℃以下に冷え込む。場所によっては部屋の中でも氷が張るため、越冬が一つの壁なのです。
他の植物だったら冬の寒さに遭わせると、致命傷になることが多く、運良く助かったとしても、草勢が悪くなり、”ただ生きているだけ”の植物状態?に陥りやすい中、ストレリチアは葉が枯れるだけ、又は花が枯れるだけで株は助かる事が多く、春になればまた成長を始めて改めて強さを感じるのでした。
その後、いくつかの種苗会社の通信販売でストレリチアを購入して、数年経ち大体育て方が解ってきた頃、良くも悪くも運命的な出会いがありました。
それは我が国で唯一のストレリチア研究家(今はストレリチア&南アフリカ産植物研究家)の鈴木勇太郎氏との出会いです。最初に黄花の「ゴールドクレスト」を買い、その後「オレンジプリンス」、「ジャンセア」を買ったのです。
後にその当時鈴木氏が栽培中のジャンセア開花相当株は、全て私が買い取ったんですけど。
鈴木氏はご自身で最初にストレリチアの苗を買われたとき、当時の給料の5ヶ月分掛かったとおっしゃっていましたが、私自身は、ゴールドとオレンジの苗、合わせて当時のサラリーマンの給料で計算すると10ヶ月分以上にもなります。それにジャンセアの代金を含めると・・・、「あー・・・」、ストレリチアバカとでも呼んで下さい。
今は良い株を手に入れることが出来たと思うようにしています。(実際にそうです。)
そして著書の「極楽鳥花の世界」、「ストレリチアの栽培と研究」等を購入し、私の本格的なストレリチア栽培が始まりました。私が27歳の時です。
その後何回か鈴木さんとは直接お話をさせて頂き、又いろいろ教えて頂いているうちに心が決まりました。それは「植物をやる」ということです。
実際にこの後、それまで勤めていた会社を辞めたのでした。私が28歳の時です。
以降、2026年1月28日追記
当初、意気揚々と始めたものの、後にリーマン・ショックや、消費税増税、景気後退等で、消費者の財布の紐は固くなった。
そう言う状況で、最初に切られるのは、衣食住に関係無い物。それにストレリチアは良く当てはまって、切り花価格は下がり、種苗の売上も下がっていった。
それ以外に、ハウス暖房の燃料である重油の値上がり。現在の価格は、一番安かった頃の2.6倍位に。だから、油燃やしていると言うより、お札燃やしている感じで。それ以外にも電気代も上がって。
売上は下がって、維持費は増加して、困ったもの。
更に、最近の物価高。それは、農業資材も例外ではなく、何買っても以前より高くなっていて。
大企業なら、企業努力で吸収しきれなくなったから、◯◯%値上げしますで良いけれど、マニアックな植物はそう簡単に値上出来無い。それが優良系統であっても。
それで、ストレリチアをやった事が、良かったのか、悪かったのか位まで来ている。
端的に、何もやらないよりは増し位かと・・・。
振り返って、良かったのは、人生の中で一般の方が経験出来無い様な事を出来た。具体的には、植物に対する理解は深まったと。
どうも、最近の物価高で、売上減少は、他の園芸植物でも見られる様で、焼肉店、ラーメンや、ケーキ屋閉店と同じ様に、やめる人も出てくるでしょう。
長年積み上げてきたものを失うのは、非常に大きな損失ですが、そうは言っていられない状況。
大義の無い解散(選挙)と言われていますが、世の中にお金が回る様にはしてもらいたいもの。
鈴木さんを訪ねてもう何回このカーフェリーに乗ったことでしょう。
一回や二回ではありません。もちろん三回でもありません・・・。
※アクアライン開通前の話です。以降続く予定